第5回 医療をとりまく社会の変化(2)  「国家財政の悪化と医療への影響」

第5回
医療をとりまく社会の変化(2) 「国家財政の悪化と医療への影響」

以前と変わらない診療を行っているのに、

病院幹部から「収益が目標に到達していない」と指導されるようになった。

頑張っても頑張っても、「収益が足りない」といわれるようになった。

こう思うのは、私だけではないと思う。

この状況に「違和感」を覚えている医師やコメディカルが多いと思う。

八王子医療センターだけでなく、

日本の多くの病院で、勤務医やコメディカルは、そう感じているだろう。

これは、我々医療者が知らない間に、社会が変わったからだと思う。

私も含め医師やコメディカルは、

ひと昔前は、患者の診療だけに目を向けていればよかった。

しかし、今は違う。

我々医療者が、

この国には「もう医療をするお金がない」ということを、

認識するべきだと思う。

それどころか、

医療費を含む「社会保障費」の高騰が、

日本の財政を、破綻寸前の危機的な状況に、追い詰めていることを、

認識するべきだろう。

そう認識することで、

ただ「自病院の売り上げ」だけを追い求めるのではなく、

どうすれば、今のままの医療を国民に提供できるかについて、

医療者の一人一人が、より主体的に、真剣に、考えるようになると思う。

日本の国家予算

日本は世界一の借金を抱える負債大国である。

財務省の資料から、平成30年度の国家予算を見る(図1)。

図1
平成30年度一般会計歳出・歳入の構成出展:財務省資料

国家の年度予算における、

収入を「歳入」といい、支出を「歳出」という。

まず「歳入」からみる(右・赤系の円グラフ)。総額は97.7兆円。

しかし、「税金」および「印税収入」は、わずか59.1兆円のみ。

これに「その他の収入」つまり国有地の売却費などを足しても、64兆円のみである。

では、収入が足りない分はどうしているかというと、

「国債」という債券を発行し、

これを投資家に買ってもらって、お金を調達している。

つまり、国は毎年膨大な額の「借金」をして(平成30年度は33.7兆円)、

どうにか収支の帳尻を合わせている。

国債は借金なので、満期が来たら返済しなければならない。

これを「元本の返済」という。

また、国債の「利子」も払わねばならない。

これら「元本の返済」と「利子」を合わせた、

いわゆる借金の返済費を「国債費」という。

この「国債費」が平成30年度予算では、23.3兆円であった(左・青系の円グラフ)。

つまり国は、33.7兆円の借金のうち、23.3兆円を返済分に充てているのである。

借金をして、その半分以上を、借金の返済に充てている。

これを見ただけでも、日本の財政が「火の車」であることが理解できる。

 

図1(再掲載)
平成30年度一般会計歳出・歳入の構成出展:財務省資料

次に「歳出」を見る(左・青系の円グラフ)。総額は約97.7兆円。

このうち、

「国債費」と「地方交付税交付金等」が、約1/3を占めている。

この2つは、如何ともしがたい「そのまま持っていかれるもの」である。

「国債費」は国の借金の返済費。

「地方交付税交付金等」は地方自治体を支えるための費用。

いわゆる地方への仕送りである。

残りの約2/3を各省庁で取り合っている。

その半分を「ドーーーン」と取っているのが、

厚生労働省の社会保障費(医療+介護+年金)である。

残りを少しずつ、公共事業、文教、防衛費などで分け合っている。

平成12年の小泉改革の時点からプロットした資料をみると(図2)、

社会保障費だけがぐんぐん伸びている反面、公共事業等は遥かに抑え込まれている。

図2
社会保障費などの推移
出展:財務省資料

国の全体の会計を考えると、

このままではまずいと、特定の識者だけでなく、多くの国民が考えている。

さらにまずいと気づかされるのは、

これを長い目でどうやってまかなっているかという、

トレンドグラフ(図3)である。

赤の折れ線グラフが、国の歳出であり、

青の折れ線グラフが、国の歳入である。

図3
国の歳出・歳入出展:財務省資料

昭和50年から平成元年くらいまでは、パラレルに動いている。

若干の収支ギャップがあるのは、いわゆる投資である。

家計でいうと車や家を買う際に借金はするが、

家や車が「資産」になるので許容されるのと同じ意味である。

ここまでは健全な運営といわれていた。

しかし、バブルがはじけた平成元年ごろからは、

経済が低迷し、税収がのびず、

しかし社会保障費(医療、介護、年金)だけはずっと伸び続け、

「国債」がどんどん積みあがっていった。

図中の「4条公債」とは、別名「建設国債」という。

道路や港など、社会基盤を整備するための、目的を限定して発行する国債である。

図中の「特例公債」とは、別名「赤字国債」という。

単に毎年の歳入不足を補填するために発行される国債のことである。

同じ借金でも「建設国債」は、

建設された公共施設が後世にも残って国民の「資産」になる。

当初、「建設国債」の比率が高かったが、現在では「赤字国債」が圧倒的に多く、

ただただ借金が増えている状況である。

国家の累積負債総額は1000兆円を越え、世界第一位である。

このように、日本が、大量の「赤字国債」を発行してまで、

歳出を補わないといけなくなった理由は、

高齢化の進展によって、社会保障費が大幅に増えたからである。

ブログ第4回で述べたように、
国民医療費の抑制は、いまだ達成できていない。

それもあり、借金は、どんどん積みあがっている。

ブログ第6回(次回)で詳しくのべるが、

この借金は誰が返すのか?

今の若い世代+次世代(これから生まれる日本人)である。

これを背負うことになる次世代ことを考えると、

こんな調子で、社会保障費がどんどん伸びて行って良いのか?

そもそも、

国家は倒産しないのか?

(財政破綻したギリシャより日本の国債が多いのは事実である)

という問題を、真剣に考えることで、

現役世代の医療者として、

自分の立ち位置や、進む方向性を、明確にしたいと、私は思う。

病院単体で生き残ることの難しさ

病院が「単体」で生き残ることは非常に難しい。全ての理由は「国にお金がない」ことである。

冒頭に戻るが、

病院勤務の医師やコメディカルは、

以前と変わらない診療を行っているのに、

病院幹部から「収益が目標に到達していない」と指導されるようになった。

頑張っても頑張っても、「収益が足りない」といわれるようになった。

これは、「国にお金がない」ことが全ての原因であろう。

そもそも、病院が提供する医療サービスは、

価格を自由に設定できない。

国民皆保険制度のもと「診療報酬」が決められているからである。

日本の医療においては、

“当院の手術は素晴らしいので、当院だけ値段を高くさせてもらいます。”
というわけにはいかない。

国民医療費を抑制するため、

この「診療報酬」が、今、ギリギリの設定になっている。

さらに、ブログ第4回で書いたように、

「医療法」が何度も改定された。その結果を、私の知る範囲でざっくり言うと、

患者さんは、コストのかかる「病院」ではなく、

コストの安い、「高齢者施設」や「在宅診療」で過ごしなさいと、方向づけられた。

同時に、病院には「患者さんを長期入院させてはいけませんよ」、

「長期間入院させても、国は入院費を出しませんよ」という制約が課された。

実際に、日本の患者さんの平均在院日数は約1/2になった(図4)。

図4
平均在院日数資料:厚生労働省病院報告(平成9年~29年)

平均在院日数が約1/2になったぶん、病院のベッドが空いた。

それを埋めるためには、2倍の患者さんを入院させなければ、ならくなった。

しかし、地域には、そもそも、2倍もの患者さんがいない。

多くの病院は病床利用率が減少し、収益が減少した。

実際、昨年度、日本の医療法人の約35%が赤字経営であり、

自治体立病院は実にその9割が赤字であった。

そして、さらに輪をかけて厳しいことに、

国家財政を回復させるために「消費増税」が行われた。

患者さんが支払う医療費には消費税がかからないが、

薬剤費など病院が支払うコストには消費税がかかる。

つまり、消費増税によって、病院のコスト負担が、さらに増えることになった。

そして、最後のトドメとして、「働き方改革法案」が2024年に施行される。

これにより、これまで青天井だった勤務医の時間外労働時間が是正されることになる。

全ての病院は、その核となる労働力を、大幅に喪失することになる。

これらにより、

いよいよ、病院が「単体」で生き残る道は、本当に本当に、険しくなった。

大学付属病院の使命

八王子医療センターは、「なんのために生き残るのか」、明確なゴールを、改めて設定するべきと思う。

それでも、使命感を持って、

職務を全うしたい気持ちがあるのなら、

改めて、いったん立ち止まって、職員として考えるべきは、

「なんのために、地域の大学付属病院があるのか」だと思う。

ただ生き残るだけではなく、

生き残った結果、何に、どう貢献したいのか。

我々は、競争に勝つ(他をつぶす)のではなく、

地域内で唯一無二の

価値を生み出す力を持っているはずである。

唯一無二の、競争相手なしの状況で戦えるはずである。

職員ひとりひとりが、そのことを、本気で自覚する時が来たと、私は思う。

その結論を携えて、

明確な方向性をもって、多くの職員が「退路を断つ」想いで努力しなければ、

大学付属病院とて、容易に、大淘汰の時代に飲み込まれてしまうと思う。

私は、自分のいる八王子医療センターが、

  1. 地域医療のleading hospitalであること。
  2. 新しい地域医療を世界へ発信するイニシアティブをとること。
  3. そのために、「育成」をミッションとして遂行すること。

を果たせるような病院であるように、少しでも実務に貢献したいと思う。

(詳しくはブログ第2回第3回をお読みください)