第10回 医師の働き方改革について(3)

第10回 医師の働き方改革について(3)

過労死レベル、スーパー過労死レベル

若い医師の労働環境は、その多くが「スーパー過労死レベル」である。

図1は、日本の病院勤務医の、1週間の労働時間の集計である。

図1厚労省「医師の働き方改革に関する検討会(第20回)」資料
出展:厚労省「医師の働き方改革に関する検討会(第20回)」資料 一部改

「時間外」勤務の長さでいうと、

図の赤く囲まれた部分が、年約960時間越えの「過労死レベル」である。

実に、病院勤務医の約40%が、ここに入っている。

青い部分が、年約2000時間越えの「スーパー過労死レベル」。

ここに、勤務医の約10%が入っている。

「時間外勤務が年約2000時間越え」というのは、

週に40時間以上の時間外勤務を行っていることになる。

以下に、週40時間越えの「スーパー過労死レベル」の医師シフトを例示する。

 

図2:A医師の勤務状況A医師の勤務状況

A医師は、毎日、7時から21時くらいまで、病院にいる。

水曜日は、当直(13.5時間の時間外勤務とする)をしている。

明けの木曜日は12時ごろに帰宅する。

半日営業の土曜日も14時くらいまで病院にいる。日曜日は休み。

この勤務シフトをみると、

とくに、何ら、珍しいものではない。

全国的にも、「若い先生はみんなこんな感じでしょう」と思う。

いや、「実際はもっとキツイはず」とも思う。

それでも、A医師の時間外勤務は、45時間/週になる。

このペースでいくと、年間約2380時間となり、2000時間を優に超える。

「スーパー過労死レベル」である。

国の覚悟

2024年度から「時間外1860時間越え」の医師は、日本にはいなくなる。

このような医療の現状に対して、

ついに国は、「1860時間越えの医師は、日本から無くす」と宣言した。

つまり、「1860時間越え」の医師がいたら、2024年度以降は、「違法」となる。

これは、今の医療の現状からすると、かなり「厳しい」と思う。

「厳しい」というのは、第9回に書いたように、

医師が、働き方改革に従えない理由は、

「自分が病院を空けると、患者さんがかわいそうだから」である。

実際、「医師の働き方改革に関する検討会(厚生労働省2019年1月)」で、

救急医の赤星医師は、

「年間2000時間という数字だけ見ると長く思えるが」、

「実際は『短い。逆に実現可能なのか』と感じる。」と述べた。

さらに、

「医療資源の集約(病院の再編・統合など)が必須となる」とも述べた。

重要なことは、

この「1860時間」は、「1860時間まで働いてください」と推奨されているわけではない。

医療は日進月歩であるため、その変化に遅れないために、

研究やOn the job trainingに一時的に集中的に従事することが必要との判断である。

そのことを踏まえて、

「本人が納得して、希望する」ことを大前提として、

「集中的技能向上水準」が設定された。

これにより、特殊な勤務医に限って「時間外1860時間」が、許容されることになった。

・・・これをカテゴリーCという。

また、地域における「医療崩壊」を阻止する必要もある。

そのため、都道府県が特別に認めた医療機関でのみ、

「地域医療確保暫定特例水準」という名称で、

2035年までに限って、「時間外1860時間」が許容されることになった。

・・・これをカテゴリーBという。

これら以外の、残りの全ての医師は、

原則、年間の時間外労働が「960時間」以下となる。

つまり、勤務医師全般において、

2024年度以降は、960時間を1時間でも超えた場合は、「違法」となる。

・・・これをカテゴリーAという。

図3にカテゴリーA,B,Cを図示する。

図3厚労省「医師の働き方改革に関する検討会(第20回)」資料
出展:厚労省「医師の働き方改革に関する検討会(第20回)」資料 一部改

このように、

医師の一般則は、カテゴリーAである。

カテゴリーBは、2035年度末には消失する。

カテゴリーCも、960時間に向けて、できる限り縮減される。

加えて、A,B,C全てのカテゴリーにおいて、

・連続勤務時間28時間

・インターバル9時間(日当直明けは18時間)

・上記の遵守を目的とした産業医の面接指導と職業上の措置(ドクターストップ)

という「追加的健康確保措置」というのが設けられることになった(図4)。

 

図4
厚労省「医師の働き方改革に関する検討会(第20回)」資料
出展:厚労省「医師の働き方改革に関する検討会(第20回)」資料 一部改

これらは、医師個々の「健康確保」のための措置なので、

当然のこと、他院での「アルバイト」も、一連の労働時間に含まれる。

他院での日勤あるいは当直アルバイトに従事する場合は、

それが「時間内勤務(派遣扱い)」なのか、

あるいは「時間外勤務」か、に留意するだけでなく、

前日あるいは翌日の内勤についても、アルバイトとの

「連続勤務時間」や「インターバル」に留意しなければならない。

医師のアルバイトと救急病院

医師の労働基準を厳格に規定することで、「バイト医師」の人材リソースが枯渇する。その結果、救急病院の経営が困難になる。

医療の現場では、

「内勤当直」明けの「日勤アルバイト」や、

「当直アルバイト」明けの「内勤日勤」などが、

現状では、当然のように行われている。

しかし、

このような、労働基準に反するアルバイトは、2024年度以降は、できなくなる。

同時に、医師の当直アルバイトに頼って、

運営を行ってきた市中の民間病院は、その運営が厳しくなる。

これは、ある意味、第4回第5回第6回で書いたように、

「もう日本にはお金がないので」、「地域でまとまってください」

という、国の政策を、ダイレクトに反映したものであろう。

病院が過剰に存在する現状において、

それぞれの病院が、救急医療に参入するためには、

「バイト医師の獲得」が、最も重大な要素であった。

勤務医も、自病院からの給料では足りないため、アルバイトに依存せざるを得なかった。

この両者の利害を満たすために、労働基準は、暗黙のもと無視されてきた。

しかし、今後は、医師の労働基準を厳格に規定することで、

「バイト医師」の人材リソースは枯渇し、救急病院の経営が困難になる。

結果的に救急医療の「重複」が無くなり、医師の人件費も減り、医療費が節約される。

医療費が節約されるだけでなく、第7回で書いたように、

「地域医療構想」において、急性期から回復期への「病床」の移行が促される。

今、まさに、時代の移り目である。

勤務医の労働時間が減り、そのぶん、勤務医の稼ぎも減るだろう。

同時に、急性期や高度急性期の病院も減るだろう。

全体的に、小さくまとまってしまうのだろうか、、、

いや、決して小さくまとまる必要はないと思う。

これまで、多くの若手医師は、考える暇もなく、働かされてきた。

みな、ヘトヘトであった。

しかし、これからは、考える時間が、与えられる。

よく周囲を見て、今、何が求められているか、自分で考えられるようになる。

本当に大事なもの、追い求めるべきもの

若い医師に余裕を与え、「イノベーション」創出のチャンスを与えること。それが、「医師の働き方改革」の本筋であろう。

今後は、これまでと違って、選ばれた医師のみが、

厳選された急性期や高度急性期の医療機関で活躍することになる。

そういった、限られた医師の給料は、今後、上がるだろう。

好む好まざるにかかわらず、医師の評価は、「量」より「質」に変わる。

その中で、次世代の医師が本当に求められているものは何であろうか。

それは、今以上に「新しい価値を生み出す」ことであろう。

若い医師の立派な頭脳は、

これまで肉体的、精神的な疲労の中で、活かしきれていなかったのではないか。

しかし、これからは、余裕をもって、

自由な発想で、自発的に、彼ら(彼女ら)が医療の「イノベーション」を創出できる。

「検査」、「治療」、「医療システム」、「医療サービス」、

どの領域であっても、「新しい」発想で、チャレンジをしてもらいたい。

リスクを恐れない、そのチャレンジを後押しするのが、「育成」であろう。

そして、健全な「育成」が行われる土台として、「医師の働き方改革」があると思う。

以上より、

若い医師に「イノベーション」のチャンスを与えることが、

「医師の働き方改革」の、本当の意義であると、私は思う。

そのなかで、

「地域」はまとまって、

地域から新しい医療を発信できるような高度人材を「育成」する責務があると思う。

八王子医療センターのような大学付属病院が、その「旗振り役」を期待されている。

そのことを、第2回第3回で書いたので参照して頂きたい。