第14回 2020年度診療報酬改定の本質を考える

第14回 2020年度診療報酬改定の本質を考える

時代の変化

朝の体操すら時間外労働である。

約20年前、研修医のころ、

私は、毎朝7時に出勤して、約1時間半かけて入院患者さんの病室を回り、

患者さん一人ひとりとコミュニケーションをとりながら「朝の情報収集」をした。

その際、手当として「時間外労働の賃金」を頂く、という考えは全く無かった。

上司からは、

「若いうちは、朝7時には病院に来て、患者さんの情報収集をするように」

と言われていた。

張り切って「はい!」と答え、そのように実践した。

時間外労働の賃金を頂くなんていうことは、想い浮かばなかった。

しかし、社会のルールを突き詰めると、下記のようになる。

https://www.excite.co.jp/news/article/E1501056778661/

スズキ自動車は、朝の5分体操を始業前に実施していた。

これは上司からの指示であった。

同社は、労基署から指摘され、時間外労働の賃金として、1000万円を支払った。

今、時代は大きく変わっている。

病院は、その変化に、どう対応すれば良いのだろうか。

「働き方改革」は国家の最大のチャレンジ

国の経済再生は、「上意下達」から「自主・自立」への文化・風土の変換である。

ここで、あらためて、「医師の働き方改革」の意義を考える。

1つは、「もう国にお金がない」ので、

「地域でまとまって」節約をしてほしい、というものであった。

「地域医療構想」と連動して、

医師の偏在や、病院過多による人材の薄まりを、解消するのである。

このことは、当ブログでも、繰り返し書いてきた。

 

そして、もう1つは、「国の経済再生」、であろう。

厚労省「医師の働き方改革に関する検討 会第1回、資料」には、

日本の経済再生に向けて、最大のチャレンジは働き方改革。働く人の視点に立って、労働制度の抜本的改革を行い、企業文化や風土も含めて変えようとするもの。働く方一人ひとりが、より良い将来を持ち得るようにする。

と記載されている。

「抜本的改革」

「文化や風土を変える」

・・・これは、相当な覚悟である。

具体的には、どういうことか?

 

国は、

  1. 働き方改革(2019年4月1日施行)
  2. 同一労働同一賃金(2020年4月1日施行)
  3. パワハラ防止法(2020年6月5日施行)
  4. 副業・兼業の促進に関するガイドライン(2018年1月)

の4つを、現在、同時に進めている。

これが偶然の並列ではないことは、「働き方改革」の本質を鑑みると、明白である。

  1. =過長に働かせてはいけない
  2. =非正規雇用者に差別的な扱いをしてはいけない
  3. =雇用者の自主・自立を奪ってはいけない
  4. =柔軟な働き方を阻害してはいけない

これら一連の労働制度改革は、「セット」であろう。

4つのどれも、経営者に対し、

「古い考え方をやめなさい」「さもなければ、法をもって罰します」

と言っている。

私の解釈は、以下のようである。

これまで、「上意下達」の日本の風土があった。

すなわち、「言われたようにやっていればよい」という風土。

私は当時独身で、「時間の制約がない」のラッキーな境遇だったので、

その風土に馴染むことができたが、そんなラッキーな人物は少ない。

人によっては、さまざまな事情により、

やりたくても「言われたように」やれない人もいる。

そういった、さまざまな事情をもつ人から、「自主、自立」を奪うような風土文化であれば、

それは、「抜本的に」変えなければならない。

出産・育児・介護等・持病などで制約がある医師も、

就業を継続したり、復職したり、働く意義を見つられるよう、

「労働制度」そのものを変えなければならない。

つまり、国は、この4つの法を通じて、

とくに「経営者サイド」のの意識改革を、徹底的に進めて、

「ガバナンス(統制・統治)のあり方」を根本的に変えようとしているのだと思う。

働き方改革は、「経営者改革」

労働生産性を高めるには、職員の「精神的安全性」を確保することが重要である。

「ガバナンス」とは「統制・統治」の意味である。

「ガバナンスがしっかりしている」とは、「組織が統率されている」、

ということである。

「ガバナンス」のタイプは、ものすごくざっくり分けると、

  1. 上意下達「言われたようにやれ」のタイプ
  2. 構成員の「自主・自立」をおもんじる、「動機づけ」タイプ

の2つがある。

私の解釈では、

日本政府は、日本の風土・文化を、働き方改革を通じて、

(1)から、(2)へと変えようとしている、のだと思う。

それによって、

組織力を引き上げ、国家の経済再生を図ろうとしている。

私も、自分の経験からも、ガバナンスは(2)が良いと思う。

ミッションやビジョンはトップが示すが、

そのうえで、

本当に強い組織をつくりたいなら、

実運用については、無理やり従わせることをせず、

雇用者一人ひとりの「自主・自立」を、オーダーメイドで後押しすること。

その結果生じる経営者と雇用者の「信頼関係」こそが、

雇用者の「精神的安全性」につながり、

内発的な「モチベーションアップ」につながる。

これが組織の生産性を高め、ひいては国の経済再生のドライブになる。

そういった考え方である(ブログ第1回第2回参照)。

グーグル社が行った大規模調査(プロジェクト・アリストテレス)でも、

同じ結論である。(https://mitsucari.com/blog/psychological_safety_google/

彼らは、企業が労働生産性を高める最大の要因は、「精神的安全性」としている。

「イノベーション」は「精神的安全性」から生まれると言っている。

日本の「失われた20年は」、この点で、先進各国に後れを取ったのではないか。

これらのことより、

働き方改革は、経営者が「抜本的に」変わらなければ達成できない。

働き方改革は、経営者の「ガバナンス改革」である。

と私は解釈している。

管理職の「見えない」戦い

病院の経営者や管理職には、「制度」だけではない「内面」の変化が求められる。

国は、

  1. 働き方改革(2019年4月1日施行)
  2. 同一労働同一賃金(2020年4月1日施行)
  3. パワハラ防止法(2020年6月5日施行)
  4. 副業・兼業の促進に関するガイドライン(2018年1月)

の4つを、この先の数年で一気に完成させようとしている。

これらにより、

病院の人件費は確実に高騰するだろう。

労働訴訟やパワハラ訴訟が、急激に増えるだろう。

職員の副業・兼業を不当に阻害することは、もうできない。

すなわち、「経営者」の意識改革が必要で、それができなければ、

その病院は、あっという間に、国の政策の中で消えることになるだろう。

病院の大淘汰時代の幕開けである。

もし、2040年に病院として生き残っているための切符がほしかったら、

病院の経営者は、上記4つの法律に、本気で真剣に取り組まなければならないと思う。

「抜本的に」とは、

「制度」だけではなく「内面」から変わるということであろう。

「言われたようにやっていればよい」の風土から、真逆の、

スタッフ一人ひとりの「自主・自立」を支援する風土に変えなければならない。

これは、本当に難題である。

ブログ第1回にも書いたが、

制度やシステムを作っても、「人の心」が変わらなければ、組織は変わらないと思う。

スタッフ一人ひとりの「自主・自立」を支援することは、言うのは簡単だが、

実行するのは、本当に難しい。

上司の「器」が小さければ、部下の「自主・自立」など、到底、支援できない。

しかし、「器」の大きい人間は、そう滅多にいない。

それでも部下を受け入れるためには、器の大きいフリをしてでも、部下を受け入れなければならない。

上に立つ人間は、ついつい、下の人間を否定してしまう。

それが人間の本能だと思う。しかし、そのことがまさに、パワハラなのである。

これまでは、それも許されてきたが、これからは、国が「取り締まる」と決めた。

管理職という仕事は、余計な自尊心との戦いであると、私は思う。

プロ意識がなければ、それはできない。

私の勤める八王子医療センターを含めて、すべての病院は、

この数年間で、雇用制度を刷新するだけではなく

管理職にしか見えない、「内面」の戦いを制さなければ、生き残ることができないと思う。

2020年度診療報酬改定の意味

「本気で」変ろうとする病院を守るために、2020年度診療報酬改定が設定された。

経営者がこの「苦難」を乗り越え、

もし、スタッフ一人ひとりの「自主・自立」を心から支援することができるなら、

職員全体のモチベーションが上がり、病院の生産性は向上するだろう。

しかし、たとえそうであっても、この法制化により、

人件費等が高騰するため、病院の財政面はいったん落ち込むことが予想される。

そこで、発布されたのが、2020年度の診療報酬改定である。

2020年度の診療報酬改定は、

「抜本的に」に変わろうと、もがき苦しんでいる病院に対する救済策であろう。

病院は2024年4月1日までに、

雇用体制を改革し、管理職の意識改革も、合わせて進めなければならない。

この「改革」にかかる莫大なコストを支援するのが、2020年度以降の診療報酬改定だと思う。

実際、この改定は、

「医師の働き方改革」に取り組むほど、点数がつくように、綿密に設計されている。

厚生労働省はホントに戦略的な組織だなあと、思わせざるを得ない。

以上、

病院の大淘汰時代における、2020年度診療報酬改定の位置づけについて、

私の認識をまとめた。

 

これを踏まえて、次回(15回)は、2020年度診療報酬改定は、

具体的に、どの項目の点数が上がるのか、について、まとめたい。