第17回 ガバナンスの核心

第17回 ガバナンスの核心

「しっくり」くる言葉

日本人には「献身」というポリシーがある。

私には、救命救急センターの医師たちが、

どうしてこんなに頑張って仕事をしてくれるのか、

そのガバナンスの核心を、
どうしてもうまく説明できないままでいた。

私は、部下の自主性と主体性を大切にした。

そういうトップ自身の「見えない努力」は、もちろん重要であった。(ブログ第1回

しかし、それだけでは説明できない何かが、彼らにはあった。

そして、ここ最近の

新興感染症に立ち向かうDMAT隊員や救急医の姿を見ていて、

今更ながら、やっと核心をつく言葉が見つかった。

 

それは、『献身』である。

 

「献身」というのは、あまりに当たり前すぎて、我々に内在しすぎていて、

かえって気付かなかった。

感染症については、

新型コロナウイルスをはじめ、

その病態が、十分に明確にされていないものが世に多い。

感染症以外にも、

テロの「化学剤」から救命するような医療を、我々は準備している。

これらは、二次被害(自分も被害者になること)の恐れがあるため、

もちろん、医療者にとっても、怖い。

それが解っていても、逃げずに、患者さんと向き合おうとしている。

それは、おそらく、

医師たちには、どうしても譲れない「献身」というポリシーがあるのだろう。

そもそも、日本人ほど「献身価値」に重きをおく国民はない。

我々の深層心理に、「人の役に立つこと」が、特別に存在するのだと思う。

救命救急センターのガバナンス

「献身」という価値観で繋がる。それが私のガバナンスであった。

いま、改めてこの10年間を振り返ると、

私も、自分なりに、部下に対する「献身」を行ってきた。

平時から、部下が仕事をしやすいように、職場環境を整えた。

そして、部下が「困ったとき」は、

一気にトップギアに入れて、全力で守った。

医療は「リスク」との戦いである。

どれだけ正確を期しても、誤りは生じるし、誤ってなくても、誤解が生じることがある。

小さな一つの失敗で、人生を狂わせないように、

私は、部下たちが「落とし穴」に陥るたびに、全力で彼ら彼女らを守った。

私には、そうやって生きることで、前向きな「達成感」があった。

つまり、私の「自己実現」は「部下たちへの献身」であった。

いま思うと、八王子の救命救急センターという組織は、

上司と部下が「献身」という共通の「価値観」で繋がっていたのだと思う。

これが、私が築いた「ガバナンス」の正体だったのかもしれない。

管理職に求められる特性

強く引っ張るだけでは足りないと思う。

日本人の「労働生産性」を高め、

世界の経済大国としての地位を取り戻すための政策が、「働き方改革」である。

これは、社会全体の「上位下達」構造からの脱却であり、

雇用者の「自主性、主体性」をいかに高められるか、というものである。

この私なりの解釈は、繰り返し書いてきた。(ブログ第14回

医療の現場でも、

すでに独自のモチベーションを有する医師たちに対し、

経営視点の「外発的」な動機付けを、組織が植え付けるのは、難しい。

それより、各医師の、既存のモチベーションを「後押し」することで、

その結果として、組織の社会的・経済的な発展を図るべきと思う。

すなわち、

上司は、自分が活躍するのではなく、

「部下が活躍する舞台をつくるのが仕事」であり、

単に引っ張るのではなく、「部下に献身する」という要素も必要だと思う。

とくに医療の現場は、医師の「献身」で成り立っている。

手術合併症にせよ、投与した薬の副作用にせよ、

医療は、常に起こりえるリスクと表裏一体である。

したがって、患者さんを守るために、

管理職は、まず現場の医師を守り抜く必要がある。

ガバナンスの核心

ガバナンスの核心は上司からの献身ではないか。

ところが、『部下への献身』は、

わかっていても、なかなかできない。

多くの上司にとって、それは「言行不一致」になりやすい。

というのも、医師のリスクは非常に大きく、

例えば、先に書いたように、新興感染症の場合は、

二次被害に遭うと、自分のみならず家族や同僚にも

受けるべきでない扱いを受けさせてしまう。

このような大きなリスクに立ち向かっている医師の心を守るのは、

決して容易なことではない。

守ろうとすればするほど、さまざまな責任を、

上司である自分が、代わりに背負うことになる。

すなわち、リスクを背負って患者に向かい合う部下を守るには、

もっと大きな損失を被る勇気と覚悟が、上司に必要なのだと思う。

これが、ガバナンスの核心である。

私は、もちろん100点ではない。

60点に満たない。つらい経験や、後悔も、たくさんある。

それでも、経験を糧として、未来につなげたい。

 

まとめると、

とくに、「医療」のガバナンスを構築するには、

医師の心にある、「献身」という価値観を熟知する必要があるだろう。

そして、医師らが安心して患者や社会に「献身」できるためには、

上司自らが、失敗や損失を恐れない、強い覚悟を示す必要があると思う。