第8回 医師の働き方改革について(1)

第8回 医師の働き方改革について(1)

私自身、医師として駆け出しの頃は、「労働基準」など知らず、

とにかく早朝から深夜まで、病院にいることが大事だと思っていた。

したがって、医師の働き方改革とは真逆の人生を歩んできた。

重症患者さんの病態は刻一刻と変わるので、

患者さんの傍に「ずっといる」ことが大事だと思っていた。

救命救急センターの医師が数名しかいなかった当時は、

月の当直回数が10回を超えても、「これで当たり前」と思ってやっていた。

私だけではなく、多くの勤務医たちの「献身」があってこそ、

日本の地域医療が守られてきたことは、声を大にして言いたいところである。

しかし、今は、そういう過酷な労働を、

部下にさせないためには、どうしたら良いかを「前向きに」考えている。

「医師の働き方改革」の話題が世に出てきたとき、

多くの勤務医は、現実と理想のギャップに、「そんなの無理っしょ」と、否定的であった。

八王子医療センターで「救急の働き方改革」を進めようと、

私自身が院内で声掛けをした際、多くの医師は、「無理っしょ」と否定的であった。

しかし、勤務医たちが「働き方改革」を否定する『理由』こそ、コトの神髄を見てとれる。

すなわち、勤務医たちは、

「自分が病院からいなくなると患者さんが困ってしまうから」、という理由で、

「医師の働き方改革」を容易には受け入れられないのである。

勤務医にも、人並みに休みたい気持ちはあるだろう。

しかし、沁みついた「使命感」や「責任感」が、その気持ちを、打ち消している。

しかし、世の中が静かに、しかも確実に、動いている中で、

八王子医療センターのような大学付属病院も「一歩ずつ」前に進まなければ、

取り残される、とも思う。

「長時間労働」が当たり前のベテラン世代と、

「メリハリ」が大事な若い世代の間に、考え方の「世代間ギャップ」がある。

このままでは、若い医師の集まらない病院になってしまう。

安倍首相が「1億総活躍社会」を掲げたときに重視したのは、

日本企業の生産性の低さであった。

日本は欧米諸国と比べて労働時間が長いのに、

なぜ生産性が低いのかという疑問こそが「働き方改革」の原点であるという。

2016年12月に日本生産性本部が発した

2015年の1人当たりの労働生産性の国際比較によると、

日本はOECD加盟35か国中22位と下位に位置していた。

主な先進国では、

アメリカが3位、フランスが7位、イタリアが10位、ドイツが12位であり、
日本の生産性の低さは際立っている。

『なぜ日本はこれほど労働生産性が低いのか』

それを真剣に考えることが、「医師の働き方改革」の根幹なのであろう。

その前に、いくつか、知識の整理が必要なので、

以下に、3つの「重要事項」について、私の知っている限りで書かせていただく。

医師の応召義務について

「応召義務」は、それを根拠に、長時間勤務を強いられるものではない。

医師の働き方改革を議論する際に、

しばしば「応召義務」が論点になる。

「応召義務」は、「医師法」により規定された、

「医師は、正当な理由無く患者の診療を断ってはいけない」というものである。

医師法 第19条

これは何を言っているかというと、

医師は、人さまの身体にメスを入れ、あるいは劇薬を投与できるわけで、

一般素人だと、単なる犯罪になるような行為さえ、国家資格で許される。

したがって、贔屓なく、その知識技術をどの国民にも提供しなさい、というものらしい。

つまり、「応召義務」は医師の“姿勢”を唄った「理念規定」であろう。

しかし、逆に、

正当な理由があれば、その限りではない。というのも、最近はっきりしてきた。

労働界の有識者が議論して作成した検討会報告書でも、

出展:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月)より」
出展:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月)より」

あくまで「応召義務」は「倫理規定」である。と述べられている。

さらに、「これまでは過大解釈され、医師の過重労働につながった」、とも述べられている。

出展:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月)より」
出展:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月)より」

さらに、

「あのとき救急車を断ったのはどうしてだ!」

と「応召義務」を根拠として、もし訴えられたとしても、

「あのとき私は、異常な長時間労働になっており、

労働基準上、これ以上働けなかったので、救急車を受けませんでした。」

という理論で「筋が通る」。ということを言っている。

出展:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月)より」
出展:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月)より」

結論として、

「医師は「応召義務」を根拠に、際限ない長時間勤務を強いられるものではない。」

と述べられている。

医師の宿日直について

労働基準で守ってあげなくても大丈夫なくらい「ゆるめ」の勤務を「宿直」という。

「宿直」とは、病院に限らず、

「一晩、居てください」という業務である。

例えば「ビルの管理」。

何かあった時のために「一晩、居る」。

ただ、それは念のために居てくださいというもので、

テレビを見ても良いし、本を読んで過ごしても、良い。

それは、休憩や休日などを適応しなくても良い。

労働基準で守ってあげなくても良いくらいの「ゆるい」勤務。

そういった、通常勤務とは違う枠組みが、

医療に限らず、全業界にあり、それを「宿直」と呼ぶ。

その全業界にある制度を医師に適応したのが、

医師の「宿直」許可を受けた、いわゆる「当直」であろう。

「宿直」は、「ゆるい」勤務。

救急車を受ける勤務ではない。夜中に手術をするような勤務ではない。

しかし、日本の多くの病院では、

救急車を受け、夜中に手術をするような勤務でも、「宿直」扱いの「当直」になっている。

なので、翌日も、眠いまま、医師は働いている。

それは、

昔の病院は、24時間の高度な医療をやっていなかったので、

その時代は、病院の「当直」は、「宿直」で良かったのかもしれない。

しかし

その感覚や概念が、なし崩し的に、今日まで残っている、
というのが現状のようである。

しかし、医療界でも、長時間労働が問題とされるようになり、

次々に労働基準監督署も入ったため、

厚生労働省は、昭和23年の通知依頼、70年ぶりに、

何をもって「宿直」とするか、についての文書を書き直した。

出展:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月)より」
出展:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月)より」

今でも多くの病院は、忙しい勤務でも、「宿直」として扱っている。

本来なら、「夜勤」として、週40時間の通常勤務に組み込むべきであろう。

しかし、わかっていてもすぐに改善できないのは、

これを急に改善させようとすると、確実に「医療崩壊」を招くからである。

とくに、人手の少ない地方都市や八王子のような郊外都市では、地域医療が崩壊する。

冒頭で申し上げたように、

勤務医たちが「働き方改革」を否定する理由が、大事である。

それは「自分たちが病院からいなくなると患者さんが困ってしまうから」である。

もちろん、皆、夜の勤務明けは疲れ果てており、帰りたい気持ちもあるが、

「患者さんを放っておけない」

「診療の規模を急に縮小できない」という思いが強い。

だから、多くの勤務医は「医師の働き方改革」に従わないのである。

病院としても、医師の生活や健康を守りたいが、

生き残りのためには、収益を下げるわけにはいかない。

・・・皆がジレンマを抱えている。

したがって、この「宿直」問題は、

地域を巻き込んだ、全体的な「医療の効率化」に合わせて、進めなければ解決しない。

つまり、ものすごくスケールの大きい問題であり、

地域医療構想とセットで考えて、初めて、具体的な検討ができるような問題であると思う。

そのことについては、次回に詳しく書かせて頂きたい。

医師の「研鑽」について

労働時間を管理することにより、労働生産性が高まってゆく。

医学は高度に専門的で、技術革新も日進月歩なので、

医師は「診療」時間以外に、自分で勉強する時間が必要である。

私の同僚や部下たちも、本当に熱心に寝食惜しまず勉強している。

図1
出展:厚生労働省「第2回 医師の働き方改革に関する検討会」資料3
出展:厚生労働省「第2回 医師の働き方改革に関する検討会」資料3

図のように、

とくに大学病院の医師は、「診療外時間」を多く必要としており、

中身としては、教育、研究、自己研鑽、その他、もろもろある。

これをどう管理してゆくのか、が今後の大きな課題であろう。

例えば、

明日手術する予定の患者さんの手術方法に関するガイドラインを、

上司の医師が「しっかり勉強しておくように」と指示したとすると、

これは、「労働」にあたる。

しかし、

自分の受け持ち患者とは関係のない、上司からの指示もない、

専門医試験で、「今度ココ出そうだなあ、読んでおこう」、というタイプの勉強は、

これは、基本的に「研鑽」であり、「労働」ではない。

このように、医師の時間外労働は、個々に整理する余地があり、

図2
厚生労働省『第20回 医師の働き方に関する検討会報告書(2019年3月)』参考資料より
厚生労働省『第20回 医師の働き方に関する検討会報告書(2019年3月)』参考資料より

厚生労働省の資料(2019年3月)にも考え方や手順が記載されている。

当初、そんなのできるわけがない。現実的じゃない。無理だ。と私も思った。

実際、「自己申告」が原則であろうし、

私は、あまりにも時間外労働が身に沁みこんだせいか、

そのような「自己申請」を、まだ、したことが無い・・・。

しかし、

金融業、製造業、、、どの業界もすでに取り組んでいる。

また、どこの誰に聞いても、

「労働時間を管理することから、生産性が高まってゆく」と言う。

実際に、2019年の法改正から、労働時間の把握が義務化されている。

そして、何よりも、

医師の「時間外労働」を、今後、減らしてゆくためには、

そもそも、「時間外の労働時間」をきっちり管理できなれば、何も始まらない。

以上より、「労働」か「研鑽」かの仕分けについても、前向きに取り組もう、と私も思う。