第9回 医師の働き方改革について(2)

第9回 医師の働き方改革について(2)

第8回「医師の働き方改革(1)」で書いたように、

救急車を受けるような「忙しい」夜間勤務は、

「宿直」ではなく、「夜勤」となる。

「夜勤」は通常、約16時間の勤務であり、夕方に入って、翌朝に明ける。

そうなると、

たとえ月に数回程度の「夜勤」であっても、

週40時間という労働基準法の縛りのなかで、通常は、

「夜勤」の当日の「日勤」はオフ(入り)となり、

「夜勤」の翌日の「日勤」もオフ(明け)となる。

つまり、1回「夜勤」をすると、

その医師は、2日連続で「日勤帯」を不在にすることになるが、

そんなことが、人が少なく忙しい「病院の勤務医」にできるのだろうか。

非常に難しいと思う。。。

夜勤体制の困難さ

労働基準を遵守した「夜勤シフト」は、それを作ること自体が困難である。

図示すると、

ある病院の、例えば「救急科」が、医師5名の構成であったとする。

これまでの、「宿直」体制であれば、「日勤帯」は5名全員が病院にいた。

図1:「宿直」体制
これまでの、「宿直」体制

しかし、

労働基準を遵守した「夜勤体制」にすると、「入り」「明け」があるので、

図2:「夜勤」体制
労働基準を遵守した「夜勤体制」

「日勤帯」には3名しか、病院に医師がいない。

ということである。

この「日勤帯」の「欠員」を補うためには、

どの科も、早急な「医師増員」が必要になるだろう。

しかし、

そんなに医師を雇う人件費は、どの病院にもない。

そもそも、全国のどこにも、余った医師はいない。

全ての病院が、同じ条件で、「日勤帯」の「欠員」に陥るので、

全国的に、医師不足に拍車がかかってくる。

このように、

どの病院も、医師数は、常にギリギリのなかで、

医師それぞれにおいて、

「外来日」や「手術日」が、毎週、毎日、ぎっしり決まっている。

これらの「duty」が2日連続で空いているところが、

勤務医にとっての「夜勤可能日」となる。

病院としては、このような各医師の「夜勤可能日」を組み合わせて、

全体の「夜勤シフト」を作ることになる。

しかし外科系の医師などは、

「夜勤可能日」として、休日や祝日しか候補日がない者もたくさんいる。

現在、八王子医療センターの救急関連委員会でも、

実際に現有の若手医師で「夜勤体制」が365日、組めるものなのか?

あるいは、どうにかして「夜勤体制」を組むためには、

一晩に当直する総医師数を、どの程度、減らさなければならないのか?

について、

仮想の「夜勤シフト表」を作成して、検討しているところである。

中小の救急病院では、常勤医師による「夜勤シフト」を組むことは、

ほぼ不可能だと思う。

国は本気である

2020年の診療報酬改定でも、「医師の働き方改革」が最重要視されている。

「働き方改革」は、出遅れてしまうと、組織の存続にかかわる。

若い医師にとって、「労働基準の遵守」は、とても重要であり、

労働環境が悪ければ、彼ら(彼女ら)の職場満足度が下がる。

職場満足度が下がると、若い医師が集まらなくなるので、

余計に労働力が減り、「労働基準の遵守」がさらに難しくなる。

という負のサイクルに陥る。

若い労働力こそ、病院や、地域医療の未来を決める最も重要な要素であろう。

だからと言って、

私が院内で『働き方改革を断行しましょう!』と叫んだところで、

現場の医師は納得するだろうか?

病院の経営者は、各科の管理職の先生たちは、納得するだろうか?

それは、非常に難しいであろう。

ブログ第8回で書いたように、

現場の医師たちは、「患者さんを放っておけない」使命感から、病院から離れられない。

病院の経営者は、医師の健康な生活を守りたいと思いつつも、

「労働力の損失」につながる「働き方改革」の実行には、踏み切ることが難しい。

各科の科長も、経営者と同じ感覚であろう。

では、どうすれば良いか。

いっそのこと、労働基準監督署が入って、

「労働基準を厳守しなければペナルティ!」というくらいの、

『強制感』があったほうが、動きやすいのではないか。とすら思える。。。

いや、実は、『強制感』は、すでに、十分ある。

中医協総会2019.12.11資料 令和2年度診療報酬改定の基本方針
出展:中医協総会2019.12.11資料 令和2年度診療報酬改定の基本方針について

上図、2020年の診療報酬改定の「基本方針」を見て頂きたい。

診療報酬の改定では、毎回、4点の「基本方針」が出る。

1番目(左上)の「基本方針」に、

医療従事者の負担軽減、医師などの働き方改革の推進【重点課題】

と書かれている。

こんなことは、まさに、初めてのことである。

診療報酬なのだから、普通は「検査」や「処置」などが先決であろう。

ところが、『人事・労務』に関わることが、診療報酬改定の1番になり、

しかも【重点課題】というインテンションまでついている。

これは、厚生労働省の『覚悟』であろう。

相当な反対意見もあったと聞く。

診療の点数改定において、

一番目を「働き方改革」なんて・・・、という意見もあったようだが、

もう、厚生労働省ははこれを下げるつもりはないだろう。

その背景は、ブログ第4回第5回第6回で書いた。

日本の国家財政と社会保障費の現状は本当に切迫しているのである。

したがって、2020年の診療報酬改定には、

全ての要素に「医師の働き方改革」が入ってくることになるだろう。

例えば、「麻酔管理料」の項目においては、

「特定行為研修を修了した看護師とのタスク・シフト/シェア」が強調されている。

これは、あくまで「麻酔管理料」の項目ではあるが、

内容は明かに、「働き方改革に力を入れなさい」と言うものである。

その他、具体的には、

私見であるが、下表に掲載されている項目の、ほとんどに保険点数がつくであろう。

第8回 厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」(2018年7月9日)資料1
出展:第8回 厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」(2018年7月9日)資料1

さらに加えて、

・医師が書く書類を簡素化させること、

・医師の会議への出席義務を緩くすること、

・常勤、非常勤、専従、専任の条件を緩めること

・地域連携は、患者連携も会議も、テレビ電話などのIT通信を用いること

などの多くの「取り組み」に、保険点数がつけられると予測される。

すなわち、

『労働基準を厳守しなければペナルティ!』というくらいの、
『強制感』は、すでにある。

地域全体で取り組むしかない

「医師の働き方改革」は病院「単体」で完結できるものではない。「地域でまとまる」以外、他に方法がない。

そうなってくると、どの医療機関も、

「現状維持」をとるのか?「労働基準」をとるのか?

という両者の間で悩むのではなく、

とにかく「労働基準」が先。

その後に、「どうすれば診療を維持できるか」を考えることになる。

八王子医療センターの救急外来は、

現在は、多少の軽傷患者さんも、受け入れている。

とくに「かかりつけ患者さん」であれば、軽症であっても、原則、受け入れている。

しかし、このまま

とにかく「労働基準」を優先しなさい、という状況であれば、

医師の「労働力」が確実に減るので、

八王子医療センター「単独」での対応においては、

今より「厳密」に、受け入れ患者さんの「取捨選択」をせざるを得ない。

これまで、「かかりつけ患者」、「紹介患者」、「重症患者」の、

どのカテゴリーも受けましょうという方針で、

若い医師たちが、使命感だけで、これまで頑張ってきてくれたが、

これまでと同じように診療を続けることは、これからは不可能となる。

どの病院も同じであろう。

救急医療をはじめとした、あらゆる診療部門は、

その業務内容に「取捨選択」つまり、診療規模の「縮小」を迫られることになる。

それは、病院の経営が確実に悪化することを意味するし、

地域の患者さんにとって、大きな不利益が生じることを意味する。

やっと本題に入るが、

「医師の働き方改革」に本気で真剣に取り組むのであれば、

視点を「地域全体」に広げて考えるしか、他に、方法はないと思う。

病院「単体」の努力(診療効率の改善)も大事であるが、

病院「単体」でどれだけ頑張っても、「医師の働き方改革」は達成できない。

ブログ第4回で書いたが、

日本は、病院の数が10倍多く、

1つの病院の医師数がとても少ない。という「負」の特徴を持っている。

そこへきて、「医療費」が圧倒的に足りない。

では、全体で節約するためには、どうすれば良いか?

その答えは、「地域でまとまってください」というのが、

国のスタンスと考えて間違いないだろう。

国は、「医師の働き方改革」を「地域医療構想」と一緒に、「地域」に投じた。

したがって、我々、現場の医療者も、「地域」に視野を広げることが求められている。

例えば、冒頭の「夜勤体制」を成立させるには、「地域」で考えるしかないだろう。

A病院の救急科B病院の救急科C病院の救急科

これらA、B、Cの3病院の救急科は、

これまでバラバラに当直体制をとってきた。

しかし、現状のままでは(前述のように)夜勤体制が敷けないので、

今後は、3つの施設が「まとまる」方向で考えるべきと思う。

図:3つの科が「まとまった」場合
3つの科が「まとまった」場合

つまり、

医師を「集約」して、その「数」を増やすことが重要である。

こうすることによって、

医師は、「夜勤」の前後に休むことができ、

医師それぞれの夜勤「回数」も、減らすことができる。

また、有給休暇、学会活動、研究活動、アルバイトなど、

医師が「生活の質」を豊かにすることができる。

この考えは、救急科だけではなく、あらゆる科に適応するべきであろう。

地域としても、医師という限られた医療資源を有効活用でき、

住民に、安定した医療を供給することができる可能性が高まる。

すでに全国的には、

病院間の統合、再編、合併、提携、連携強化などの動きが急速に始まっている。

どのように「まとまるか」の方法論は幾通りもあるようだが、

いずれにせよ、「まとまる」こと自体に、誰も異論をとなえる状況ではないだろう。

さらに、地域で「まとまった」結果、

地域全体が、いかに、

これまで以上の医療を供給できるかが、最も重要なゴールだと思う。

次回以降、さらに詳しく書かせて頂くが、

いずれにせよ、

2024年をターゲットイヤーとした、「医師の働き方改革」が、

2020年を過ぎて、急に加速してゆくことを、

現場の医療者は知っていなければならない。

そのうえで、その「うねり」に飲み込まれるのではなく、

自らが「うねり」を作り出し、国の政策を率先して進めるような、

地域におけるリーダーシップを、私の勤める八王子医療センターも発揮しなければならないと思う。

そのことについては、ブログ第2回第3回に書いたので参照して頂きたい。