第12回 迫りくる「危機」にどう備えるか ~災害医療のエッセンスを活かす~

第12回 迫りくる「危機」にどう備えるか
~災害医療のエッセンスを活かす~

今、日本は、未曾有の人口減少社会に突入する。

かつ、人類史上類を見ない高齢化と、生産年齢人口の減少に直面する。

さらに、国家の財政が危機的であり、

これまでのように潤沢な「医療」を行うお金は、もう無い。

どの臨床現場にも、「もっと儲けろ」、「しかし働いてはいけない」と、

負荷と制約が同時に押し寄せており、職員のストレスは、かなり大きい。

日本の医療の未来は、過去の延長にはなく、

大ベテランすら、経験したことのない、未知の領域に入ってゆく。

このような、医療の「危機的状況」に、

八王子医療センターは、どのように対応すれば良いのか。

一貫して、私が思うのは、

職員、とくに若手・中堅が参加するような議論を、

この1~2年のうちに、十分に行うことである。

組織として、出遅れることのないように、

まだ間に合う時期に、大勢を巻き込んだ議論を行うべきである。

できるだけオープンな、客観的な議論を行うべきである。

「危機管理」は、「正常バイアス」との戦いである

図1:正常バイアス図1:正常バイアス

テレビで交通事故のニュースを見たあとも、

多くの人は、怖がらずに、自動車で出かけられる。

「正常性バイアス」とは、

多少の異常事態が起こっても、

「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」、と心を平静に保とうとする働きのことである。

この働きは、人間に降りかかるさまざまな危機に、

心が過剰に反応しないための、人間の生活に「必要な働き」とされている。

しかし、本当に危険な場合は、

「正常バイアス」が、「逃げ遅れ」の原因になる。

「危機管理」は、「正常バイアス」との戦いである。

そして、「正常バイアス」にハマらないためには、

まだ間に合う時期(巻き込み期間)に、大勢の仲間を巻き込むことが大事である。

「巻き込み期間」の具体例(災害対応のエッセンスから)

まだ白黒がつかないうちは、オープンな検討を行う「巻き込み期間」を作ることで、正常バイアスなどの主観を排除する。

八王子医療センターの救急外来に、

「近隣の高速道路で約5台の玉突き事故発生」

という「第一報」が入ったとしよう。

これに対し「正常バイアス」が働く。

「たぶん、軽症の患者さんが、何名か運ばれる程度であろう」

しかし危機管理上、この「たぶん」が危ない。

大災害、大事故、感染症の大流行など、さまざまな事象に対して、

病院レベル、いや、国家レベルでも、よく「初動判断」が遅れる。

というのも、最初のうちは、「判断」するための「情報」が十分ではない。

情報が無いから「判断」ができない。

かといって、「過剰」に騒ぐと、皆がパニックに陥る。

このような状況で、

組織が「遅滞なく」「合理的な」判断を下すための「秘訣」が、

「巻き込み期間の設置」である(図2)。

以下、具体的に解説する。

図2:事故発生からの流れ図2:事故発生からの流れ

事故が発生し、「第一報」が入った。

これを受けた救急科の医師は、

「もしかしたら、オオゴトになるかもしれない」と思い、所属長に報告した。

所属長(救命救急センター長)は、

看護師長や総務課長らを招集し、一緒に情報収集・分析するよう依頼した。

この3名で、「災害対策本部」設置の、『検討』を開始した。

現段階では、まだ情報が少ないので、あくまで『検討』である。

まだ白黒つけられなのに、無理に「白」か「黒」か、決める必要はない。

その代わりに、

まだ間に合う時期(巻き込み期間)に、大勢の仲間を巻き込むことが大事である。

「独り」で抱えていると、

「オオゴトにならないだろう」という「正常バイアス」や、

「オオゴトにならなってほしくない」という「希望的観測」により、

その判断が「主観的」なものに偏ってしまう。

その結果、往々にして、組織の「初動判断」が遅れる。

30分経って

(第2報)「現場では、観光バスも事故に巻き込まれている」

という連絡が入った。

さらに15分経って、

(第3報)「観光バスではなく小学校の遠足バスだった。子供が大勢、乗っている。」

という連絡が入った。

この段階では、まだ「大事故」かどうかは判らない。

「軽症」であってほしい、、、

まだ、組織は、図3の『巻き込み期間』にいる。

図3:「巻き込み期間」の設置「巻き込み期間」の設置

『巻き込み期間』で集めた情報や、話し合った内容は、

いつでも内外に公表し「説明責任」を果たせるよう、

常に情報公開を心がけ、時系列でまとめるべきである。

この「見える化」により、組織の判断は、その客観性と合理性が、さらに増す。

15分後、

(第4報)「赤タッグ(=重症)30名以上。その多くはバスに乗っていた小児。」

という報が入った。

これをもって、

検討メンバーは「災害対策本部の設置」を『決断』した。

病院長も了解した。全職員に向けて、『災害対策本部の設置』を発布した。

災害対策本部では、

  1. スタッフの招集
  2. 手術室の準備や手配
  3. 入院病棟の手配(集中治療室など)
  4. 院内でのトリーアージ(優先順位)
  5. 実際の治療・処置
  6. 病院間・地域での連携(転院搬送など)
  7. 家族対応
  8. マスコミ対応

などなど、あらゆる準備を一気に進めた。

まさに、病院挙げての総動員体制で、「災害モード」に入ることになった。

以上が、「巻き込み期間」の具体的な例である。

若手・中堅を巻き込まねばならない

医師の働き方改革や地域医療構想に対しては、まだ間に合ううちに、次世代を担う若手・中堅を交えた活発な議論を行い、組織として合理性の高い判断を行うべきである。

日本は、未曾有の人口減少社会に突入したところである。

かつ、人類史上類を見ない高齢化と、生産年齢人口の減少に直面する。

さらに、国家の財政が危機的であり、これまでのように「医療」を行うお金が無い。

このことを、多くの現場の医療者が、日々の忙しさの中で、「知らない」で過ごしている。

私は、この「知らないこと」が、危機管理上、最も「危険」な状況だと思っている。

このままでは「正常バイアス」にハマってしまう。

とくに「中堅」あるいは「若手」といった、

これからの医療を実際に背負ってゆく人材が、「危機感」を感じるべきである。

しかし、彼ら(彼女ら)は、日々の業務で、本当に忙しい。

立ち止まって、未来を考えることが、物理的に難しい。それくらい業務を背負っている。

それ故に、私は、このブログを通じて、わかりやすく伝えたいと思っている。

図4:医療体制の「危機」医療体制の「危機」

「医療の危機」において、

今、われわれは、図4の「第一報」のところに立っている。

「働き方改革」や「地域医療構想」が、どういうものか、わかってきた。

そして、その期限が、2024年、2025年であることを考えると、

まだ間に合う時期(巻き込み期間)は、この先の1~2年間であろう。

そのあとに、組織として、何らかの「決断」が迫られることになる。

このような状況を鑑みると、

「中堅」や「若手」のみなさんには、

いま、ほんの少し、業務の手を休めて、未来のことを考えてもらいたい。

組織としての、客観的で合理的な判断に「寄与」するべきである。

将来の厳しい医療現場を背負ってゆくのは、他でもない、いま現場にいる皆さんである。