第11回 新専門医制度について

第11回 新専門医制度について

南多摩医療圏の特徴

南多摩医療圏は相対的医療過疎である。

東京医大八王子医療センターは、東京都に12ある二次医療圏のうち、

「南多摩医療圏(八王子市、町田市、日野市、多摩市、稲城市)」に属する。

図1:南多摩医療圏南多摩医療圏 出展:地域医療情報システム(日本医師会)出展:地域医療情報システム(日本医師会)

南多摩医療圏の人口は約140万人で東京都の医療圏では第2位である。

例えば、都道府県の人口をみると

岩手県が約120万人、
島根県が約70万人、
高知県が約80万人、

であることから、

「南多摩医療圏」の規模が非常に大きいことがわかる。

しかも今後の「南多摩医療圏」の人口推移は、

図2のように、2025年まで増え続け、

2040年に至っても、2010年に比し95.3%の減にとどまる。

図2:南多摩医療圏の人口推移
東京都HP「東京都の地域医療構想」の数値をもとに著者作成
出展:東京都HP「東京都の地域医療構想」の数値をもとに著者作成

これは、日本全体の人口減少が図3のように急峻であるのに対して、

南多摩医療圏は「人口が当分維持される」という、大きな特徴を表している。

図3:日本全体の人口推移
出展:総務省統計局HPの数値より著者作
総務省統計局HPの数値より著者作
(2040年には、2010年比で87.3%の減少が予測される)

この南多摩医療圏に、「医師が足りているか否か?」と聞かれたら、

データからも、実感としても、「足りていない」と答えざるを得ない。

「東京都への医師集中」が問題視されている昨今ではあるが、

それは、「東京都」というより、「都心(23区)」の意味であろう。

南多摩医療圏は、逆に、「相対的医療過疎」に陥っている。

日本医師会の「地域医療情報システム」によると

南多摩医療圏における「人口10万人に対する医師数」は、196.17人であった。

これに関する他の地域との比較データを図4に示す。

図4:各エリアの医師充足度
日本医師会「地域医療情報システム」(グラフは著者による)
出展:日本医師会「地域医療情報システム」(グラフは著者による)

このデータからわかるように、

南多摩医療圏は、東京都にありながら、

全国平均や、同規模の他県より、人口に対する医師数が少ない。

私の実感としても、「若い医師は、より都心に向かっている。」

そこに輪をかけて、

上述のごとく、南多摩医療圏は、人口減少速度が「遅い」ので、

医療需要は「高い」まま「維持」される。

実際、地域医療構想では(第7回参照)、

全国的には、多くの二次医療圏で、病床の「削減」が求められるなか、

2025年の南多摩医療圏の必要病床数は、今より多く見積もられている(図5)。

図5:南多摩医療圏の病床の現状と将来推計東京都HP「東京都の地域医療構想」の数値をもとに著者作成出展:東京都HP「東京都の地域医療構想」の数値をもとに著者作成

つまり、このまま医師不足が解消されなければ、

「相対的医療過疎」は、さらに悪化することになるだろう。

最後のトドメは、

2024年を期限とした「医師の働き方改革」である。

医師の労働時間が大幅に減少することで、「相対的医療過疎」はさらに悪化する。

結局、いつもと同じ話になってしまうが、

この状況に対して、我々は「地域でまとまって」対応するしかない。

では、地域でどのようにまとまるのか?

その答えの一つが、「新専門医制度」であろう。

新専門医制度について

「新専門医制度」は、従来の医局制度を補足するべく、地方や郊外の医療機関が、「現地採用」を行うための制度である。

新専門医制度とは、従来の「医局制度」では補い切れない、

「地域への医師の供給」を目的としている、と私は解釈している。

「医局制度」とはどのような制度か。

図6:医局制度
池上直己「医療・介護を読み解く(日経文庫)」一部改
出展:池上直己「医療・介護を読み解く(日経文庫)」一部改

医局制度とは、

大学病院の内科が、例えば、第1から第3内科の講座に分かれ、

それぞれが関連病院を持っている(図6)。

新人医師が「入局」すると、

大学病院と関連病院(A,B,C,D)をローテーションして、研修する。

研修終了後も、独立開業しない限り、

その医師は、大学病院か関連病院(A,B,C,D)の、どちらかに勤務する。

背景として、大学病院は、卒業生の活躍できるような優良な病院を確保したい。

関連病院(A,B,C,D)は、専門性の高い医師を、必要とする。

そういった両者の利害が一致する形で、「医局制度」が発展してきた。

しかし、

「医局制度」だけでは「地域への医師供給」が不十分になったため、

「新専門医制度」が立ち上がったと、私は解釈している。

具体的には、

図7:東京医大病院(本院)と八王子医療センターの関係
東京医大病院(本院)と八王子医療センターの関係

図7のように、

従来通り、大学病院「医局」からの派遣先として八王子医療センターがある。

それに加えて、

八王子医療センターが地域の『基幹研修施設」となり、

地元病院(X,Y,Z)に若手医師を派遣する。

この2段構えが、「新専門医制度」である。

どういうことかと言うと、

図8:ハイブリッドの「採用ルート」
ハイブリッドの「採用ルート」

新専門医制度では、

大学医局からの派遣ルートに加えて、

八王子医療センター独自に、「現地採用」することができる。

この新専門医制度により、

地域の基幹病院は、若手医師採用について

「ハイブリッド」のルートを得たことになり、

より独自性の高い、地域に根差した「人材育成」が可能となった(図8)。

「現地採用」の困難さ

人材獲得は、そこに全力を注がない限り、向こうからやってくることはない。

ところが、

「新専門医制度」が立ち上がり3年経った今も、

地域への医師定着は思わしくなく、「都心への一極集中」が目立っている。

これは、とりもなおさず、

郊外や地方の基幹研修施設にとって、現地採用は容易ではないことを意味している。

郊外や地方では、軒並み、大幅な「定員割れ」が発生している。

八王子医療センターのような、地方や郊外の「研修基幹施設」は、

今後、大学本院の医局以上の魅力を発信しなければ、その存続が難しいだろう。

「育成」は、そこに全力を注がない限り、向こうからやってくることはないと思う。

まず、相手を知り、相手の目的を知れば、

納得のいく「育成」ができるような気がする。

各人の「想い」に合わせて、精一杯の「機会の提供」を行うべきだろう。

「機会」とは、

「学びの機会」、

「実践の機会」、

「振り返りの機会」、

「後輩を教育する機会」など、全ての「機会」である。

「育成」や「若手獲得」については

第3回第17回第18回第19回第20回第21回等に詳しく書いたが、

そこに全力を注がない限り、人材が向こうからやってくることはない。

結局、人が全てである。

失敗してもくじけず、そこに全力を注ぐ以外に、他に方法はないと思う。

新専門医制度の本当の目的

地域全体で育てた若手医師が、地域に残り、次世代の「育成」に取り組む。それが「新専門医制度」の究極の目的であろう。

私の意見としては、

八王子医療センターのような地域の基幹病院は、

「新専門医制度」において、

内科、外科、救急科だけではなく、

基本領域のほとんど全科が、今後「基幹研修プログラム」を持つべきだと思う。

大学医局との関係を保ちつつ、

現地採用を併せた「ハイブリッド」の人材採用システムを構築し、

安定した人材確保戦略を展開するべきと思う(図9)。

図9:東京医大病院(本院)と八王子医療センターの関係
東京医大病院(本院)と八王子医療センターの関係

どの科も、最初は、「現地採用」は困難が予測され、大幅な「定員割れ」になるだろう。

しかし、何年かけてでも、「自力採用」できる底力をつけるべきだと思う。

それにより、医療レベルも向上すると思う。

図9でいう八王子医療センターと連携病院(X,Y,Z)が、地域全体で力を合わせて、

実力ある若手を「育成」することは、決して不可能ではないと思う。

若い専攻医が、「地域」の医療・介護施設をラウンドした結果、

そこから生まれる「人的交流」は、「地域連携」の大きなファクターになるだろう。

若いやる気のある医師が、そこに一人いるだけで、

地域の雰囲気がどれだけ明るくなるか。彼ら(彼女ら)は驚くようなパワーを持っている。

「育成」の本質は、自分を超える、有能な人材の輩出だと私は思っている。

地域医療の現場(図のX、Y、Z)には、そういう「育成」のできる、

愛情豊かな、心に余裕のある、ベテランの医師が大勢いる。

地域全体で育てた若手医師が、地域に残ってくれて、次世代の「育成」に取り組む。

こうやって地域医療を発展させてゆくことが、「新専門医制度」の本当の意義であろう。

とくに八王子医療センターは、

新しい地域医療を発展させるために、その「船頭」の役割を担っていると思う。

そのことについては、第2回第3回で書いたので参照して頂きたい。